2006.9.30~10.1(2日間)
  関ヶ原古戦場ウォーク
秋の特別例会:13Km+19Km///参加者:男子49名+女子20名=69名

秋の特別例会として2日間の関が原古戦場ウォーク。
時あたかもNHKでは「功名が辻」と題し「一豊と千代」をドラマ化して放映している。いよいよ、秀吉の末期だ。

集合場所まで
  =510円
生駒駅
快速急行
鶴橋駅 大阪駅
7:02 7:17~7:20 7:34
1日目(9月30日)
コース:大阪⇒バス⇒関が原ふれあい資料館→陣場野床几場→丸山烽火場→笹尾山→松尾山→不破関資料館
⇒バス⇒国民年金保養センター「グリーンハイツ養老」
6:30 自宅スタート。
7:50
8時発車の予定なるも順調な集合状況のようで定刻前のスタート。

バスは1号車・2号車の2台でオイラは1号車。
座席は斉藤夫人と一緒になる。自己紹介すると彼女も鶴見緑地に住まいし、夫婦で参加と自己紹介してくれた。
「わたし、歩けるかしら?」なんて弱気な言葉をもらす。

世話役の村田氏からご挨拶他コース説明等あり。
参加者は男49名、女20名総勢69名とのこと。
10:05
関が原ふれあい資料館着。
途中、多賀パーキングエリアでトイレ休憩があったが、大阪から関が原まで2時間の行程だ。

ふれあい資料館からウォークのはじまり。
ここ古戦場ウォークは決戦コース、天下取りコース、行軍コースと名前をつけて3コースが設定されている。
最初は笹尾山まで天下取りコースを歩く。
すぐ「陣場野床几場」がある。

徳川家康は、合戦がたけなわになると桃配山から軍を進めて、ここ陣場野に陣をおき、最後まで指揮をとりました。
また、戦いが終わると、部下がとってきた首を実検したところです。
まわりの土囲いや中央の刑場は、天保12年(1841)に幕府の命令によって、この地の領主竹中家が造ったものだそうな。


家康床几場

10分ほど急坂を歩くと「丸山烽火場」。黒田長政・竹中重門の陣跡。
烽火場と言うだけあって見晴らしがよい。熊に注意のカンバンがある。涼しい風が心地いい。
柵、幟、が合戦場の雰囲気をいよいよ盛り立てる。

馬止め柵
11:10
笹尾山(石田光成の陣地跡)で斉藤夫妻・小林・小松氏と共に昼食。
この山の前が最大の激戦地であったという。
12:00
午後の部、スタート。行軍コースを歩く。

長谷川氏と話す。彼はいつも走るようなスピードで歩いている。
歩くのが楽しくてしようがないらしい。70坪の畑を作っているとか。
吉田さんが北海道土産の飴をくれる。
別の長谷川氏が六甲山のお誘いをしてくれた。ぜひ、参加したい。
12:10
開戦地の辺りを歩く。枯れ草が一杯でいかにも「ヤーヤー」と戦った場所らしい。
小西行長の陣跡がある。

小西行長は、北天満山に約6千の兵をもって陣し、開戦と見るや、この山においてのろしをあげ、味方に戦闘開始の合図をした。
午後になって小早川秀秋の反撃、次に大谷の敗報を聞くや、戦意を失い、島津隊のうしろを廻り、相川山を越え春日方面に逃れた。


小西行長陣跡
12:50
福島正則の陣跡。

東軍の先鋒、福島正則は関ヶ原へ移動中の西軍を追って15日未明、松尾の春日神社に到着、戦機熟するのを待ち、
午前8時宇喜多隊に挑戦し、小早川の裏切りもあり奮闘力戦のすえ遂にこれを破った。


「月見宮大杉」が樹齢800年で平安時代よりこの地を見つめているとある。
この見事な杉をササッサとスケッチする仲間のウォーカーあり。

月見宮大杉

福島正則陣場跡から松尾山に向けて坂道を4~50分登る。さすがに坂道は汗が出る。

四国88箇所のナップザックを背にしているご婦人に声を掛ける。
彼女、もう何度もお遍路しているとか。納め札も緑色だという。
数年前にご主人をすい臓がんで亡くしてその後はルンルンで未亡人生活を謳歌していると。
ご本人に名前を聞きそびれて「赤穂の人」としか・・・。

久しぶりにお顔を見つけた西村氏と話す。
永らくの闘病生活で「一時は体重が42Kgまで減った」と言っていた。が、相変わらずの健脚ぶりだった。
13:45
松尾山山頂。小早川秀秋の陣跡。

松尾山への坂道

松尾山頂上

小早川秀秋は西軍で15000余の兵を率いていたが、家康に催促鉄砲を撃ち込まれて悩みぬいた末東軍に寝返り、
友軍の大谷隊を攻め滅ぼし東軍の大勝利に導いた、
と。
14:00 下山スタート。
15:00
15:25
不破の関跡。資料館がありバスを待機する間館内を見学。
バススタート。
15:45
南宮。

旧国弊大社で美濃国一の宮。
創建は古く神武天皇即位の年の創建と伝えられ、慶長5年(1600)の関ヶ原合戦で社殿のすべてを焼失、
寛永19年(1642)、3代将軍徳川家光が再建したといわれる。
江戸時代の神社建築の代表的な遺構15棟が、国の重要文化財に指定されている。


南宮

天下分け目難関突破絵馬
16:20
国民年金保養センター「グリーンハイツ養老」着。なかなか立派な建物だ。
バスの中で宿は温泉だろうか?などと話し合ったが、到着すると「天然温泉」とある。
夕食前にゆったりと浸かる。
18:30 夕食。

バスの中で買ったビール券でビールを飲む。
殿森さんの差し入れの焼酎を飲む。殿森さん毎度ありがとう。
1日目の総歩行数:24,468歩、正味歩行距離:13km。
2日目(10月1日)
コース:グリーンハイツ養老→養老公園・養老の滝→公園駐車場⇒バス⇒不破の関→醒ヶ井⇒バス⇒大阪
5:00
起床。

朝風呂に入る。温泉と聞くだけで気持ちがいい。
8:00
宿舎よりウォーク開始。
今日は空模様が怪しいので最初から完全武装で臨む。
ゴアのレインパンツ、イシイ(I)のマヌケ(M)でスケベ(S)(IMS)で先日買った履き初めスパッツ、ポンチョに傘。

東海自然歩道が整備されている。
民家のわき道を歩く。今にも雨が落ちそう。歩くと蒸し暑い。
8:18
赤岩大神。
神社前に「ヤマカガシ」が。

ヤマカガシ

赤岩大神

ここからや梅などの果樹園を見ながら京ケ脇集落とか若宮集落とある東海自然歩道を1時間ほど歩く。
水の音、川の音が聞こえてくるとすがすがしい気持ちになる。
9:20
養老の滝。ここでも記念撮影。

孝子伝説とは、親孝行な樵(きこり)・源丞内(げんじょうない)が山中で見つけた山吹色の水が、実は老父の大好きなお酒で、
これを飲んだ老父はすっかり若返ったというもの。
この不思議な水の出来事は、やがて都にも伝わり、奈良の都の元正天皇は、早速この地に行幸になりました。
ご自身も飲用され、「は滑らかになり、痛むところは治りました。老いを養う若返りの水です」と、年号を養老と改められた。
と。


養老の滝

養老の滝から別の下り道を下りきると「菊水霊泉」がある。冷たいおいしい水。
どこからか来た人がペットボトルに水を汲んでいた。
10:10 養老の滝駐車場に待機していたバスに乗り込み昨日の不破の関までバック。
11:00
不破の関から中山道を最後のウォーク。
空模様が怪しいので、何人かはバスで移動することになる。

常盤御前の墓

途中、源義経の母である常盤御前が関ヶ原で盗賊に襲われ殺害されたため、ここに葬り墓を建てた
と伝えらる常盤御前の墓がある。
11:30
今須峠で昼食。
峠の広場の芝生に座ろうとしたら、鹿の糞と思われるフンがところどころにころがっている。この辺には野生の鹿がいるのだ。

3個のお結びを食べ始めると雨が降ってきた。まだ、2個しか食べていないのに残念ながら店じまいしてすぐ歩き始める。
11:45
車返しの坂

今からざっと五百年ほど前の話じゃ。
荒れはてた不破の関跡の板ひさしからもれる月の眺めが面白いと聞いて、都から二条良基という人がわざわざ見にくるというんじゃ。
しかし折角、都から高貴なお方が来るというのにそんな見苦しいものは見せられんのが人情というもの。

あわてて荒れはてていた屋根を直してしまったんじゃ。何にもしらん良基がこの屋根の直しを聞いたのが近江から美濃に入った坂道。
「なんということだ、せっかく来たのに。」 良基はぶつぶつ言いながらそこから都へ引き返してしまった。
それからその坂のことを、だれ言うとなく「車返しの坂」と言うようになったんじゃと。 


12:15
寝物語

美濃の国からさよならすると近江の国に入る。

近江から美濃に向かう国境溝のような川が中山道を横切っていて、美濃からまたげば近江、近江からまたげば美濃に戻れるという。
住宅街を行政区分が横切っている現在ではなんの変哲もない話のように感じられるが、
国境に場合によっては関所まで設置されていた時代にあっては希な状況であったと想像される。
ともかく「寝物語の里」とはいい響きの名称である。

近江に入ると山東町柏原だ。
ここに高校時代の友人、宮川君の家がある筈でキョロキョロ町屋を探しながら歩いていると
羽田野リーダーに「道の真ん中を歩くな」と叱られた。
スンマセン。

リーダーに断って隊の先を歩き、宮川君の家を見つけたらあいにく留守だった。
近所の人に聞くと「娘さんの結納の日で出かけている」とのこと。名刺を戸口に挟んでおいた。
14:10
醒ヶ井着。
町を流れる川の水がとてもきれい!梅花藻が流れに沿って揺れている。
3~40分休憩、チュウハイと酒「一豊と千代」を飲んで疲れを癒す。

ここで雨具をすべて片付ける。
17:00 バスは大阪駅西口に到着。
世話役の皆さんお世話になりました。ご案内ありがとうございました。
18:30
自宅帰着。
風呂に入る。山東町の宮川君から電話があった。
NHK大河ドラマではついに秀吉がご臨終。

本日の総歩行数:32,781歩、正味歩行距離:20Km。

本日の写真集⇒Sway で